カテゴリ:RO(想記)( 10 )

 

生体3を好きになれない理由

周辺で生体3に行き始めた人も増え、それに関する話題も結構出始めてきた今日この頃。
私もやはり、生体3で狩ることについては、いくらか思うことはあります。
その辺をちょっと書いてみようと思います。

続きはこちらから
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by lana_ro | 2006-12-28 20:45 | RO(想記)  

ラグナロクオンライン、その運命

今回の記事は、今までとは方向性が相当違う・・・いささか特殊な内容です。
とりあえず試しにやってみた、という程度のものですので、真に受けないようにお願いします。

というわけで本文はこちらから
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by lana_ro | 2006-08-01 23:52 | RO(想記)  

不正と自己不信の底無し沼

このような言葉を、耳にしたことはないでしょうか。

「現実社会に影響はないから、ゲーム世界では何をしてもいい」

私はこの言葉に、ものすごい違和感を覚えます。
確かに、ゲーム内で暴言を吐いたり、嫌がらせをしたり、詐欺をしたりしても、現実に直接的な
影響が及ぶことは(まず)ありません。現実でそういうことをしなければいい・・・そういう考え方
なのでしょう。

けれど、言動の現れがゲームの中に限られるとしても、その言動を選択したのは、紛れもない
「現実に存在する」その人です。

誰かがゲーム内で卑劣な言動を行ったのなら、すなわち、現実にいる「誰か」は、卑劣な言動を
行える人間であるということを意味します。ゲーム内・現実に関係なく、です。
言動の「選択」は常に現実で行われる以上、暴言・嫌がらせ・詐欺を選択したのは、現実に在る
自分自身ということ。
だから、ゲームであろうが現実であろうが、不正行為を「選択」したのなら、それは自分自身で
「自分は信頼に値しない人間である」ことを証明したことになります。

そして「信頼に値しない人間である」という事実は、ネガティブな自己形成要素の1つとなって、
ひいては負のアイデンティティと変化します・・・自分自身という存在に対するマイナスの評価。
これは、たやすく自己不信へと繋がります。
また、不正行為で自キャラに付随するステータス(所持Zeny・Lv・装備など)が拡充されても、
それが不正を源泉とする産物である以上、この資産と強さは、ポジティブなアイデンティティに
結びつくことはありません。逆に、不正の産物を抱えているわけですから、正当に得たものが
少なければ少ないほど、自分自身がいかに不正に染まっているかを自覚させられるでしょう。

したがって、不正を行っている「不正者」は(自らの行為を不正と認識している限りにおいて)、
根本的な意味で自分自身を信頼していない、と思われます。
「自信がない=自尊心が低い」人々です。

ゆえに不正者は、構造的な自己不信を自分に対して誤魔化すために、他者を低く見て自分を
高きに置いたり、さらなる不正行為に手を染めて、自分に付随するものを際限なく増やしたり、
あるいは目立つ行動(迷惑行為であることが多い)を取って「顔の見えない他者」とは違うことを
自己確認したりするはずです。

インスタントに得られる自己満足を追い求めたために、パーマネントに獲得される自己信頼から
遠ざかってしまった不正者たち。
彼らが自ら奮起して苦しい道を歩もうとしない限り、正しく自信を持っている普通の人々からは、
哀れみの視線を向けられ、嘲笑されるままでしょう。

自分自身を尊敬できず、他者からも見下されたまま。
そんな状態で生を続けている不正者たちは、ある意味、地獄にいるようなものかもしれません。
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by lana_ro | 2006-07-28 17:43 | RO(想記)  

備え

ちょっと今回は小休止。
色々と考えるべきことが増えてきました・・・。

先入観のある人に、先入観無しで読んで欲しい内容を理解してもらうのは、やっぱり無茶な話
なのでしょうか。攻め所を見つけて他人を貶めたい人たちは、それが目的であるゆえに内容を
きちんと吟味せず、攻め所を見つけるべく文面を追い、発見すれば攻撃を始めるでしょう。
それは、常に、敵意・怒り・コンプレックスのはけ口を求めている人たちでもあります。

書いた本人の意図に関係なく、エサとなるものがあれば、彼らはどこにでも行くでしょう。
そして散々に食い散らかして、再び別のターゲットを求めて彷徨うだけ。
餌食となって閉鎖に追い込まれたサイト・Blogを見れば、一目瞭然の振る舞いです。
もっとも・・・誰もが、似たようなことを日常的に行っていたりするのですが、彼らのターゲットは
広いというよりも無節操で、それ故に、悪影響の大きさは言うまでもありません。

一Blogの主催者としては、こういった人たちの振る舞いには、力で対抗するよりも、柳のように
受け流して、自分の書きたいことを書いていくしかないのでしょう・・・。
私は、書きたいことを書かずにいるよりも、書きたいことを書いていく方を選択します。

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Linkに「これがINT教授の生きる道。」さんを追加しました。
INT-DEX型の教授さんで、各スキルの考察・使い道などに読み応えがあります。
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by lana_ro | 2006-07-12 23:57 | RO(想記)  

不正者のアイデンティティは砂上の楼閣

Verdandiサーバー関連のBlog巡りをしていたところ、リンクを渡り渡って、不正容認ギルドに
所属するプレイヤーのとあるBlogに辿り着きました。
私は、その中にある記事の1つが、彼らの心性を典型的に表しているなと強く感じました。

その記事は悔しさをにじませる捨て言葉のようなタイトルで、先日の神器クエスト遂行で流れた
告知が書かれ、それで不正容認ギルドのモチベーションが上がったという感じの記事でした。
短い記事で、普通はあっさり読み飛ばされるような内容なのですが、タイトルや簡潔な文から、
彼らの悔しさ・・・つまるところ強い自負心が見えてきます。

ざっくり言ってしまうと、この記事は・・・自分たちは他より凄いと思っていたのに、その「他」より
出遅れたために、自信の拠り所を覆されて悔しがっている状態を見事に表しています。
自分たちこそがTOPでレベル・装備も頂点に位置していると思っていたら、見下していた「他」の
有象無象に神器を作られたことで、自らがTOPではないことを自覚させられた・・・だからこそ、
彼らは悔しいと感じて、モチベーションが上がったのでしょう。
とりあえず、人より上で在り続けようとする意気だけは評価していいかもしれません。

しかし彼らの自負心は、不正行為と他者の犠牲によって成り立ち、かつ、自分より他者が劣る
部分だけを見て「自分は他より優れている」と見下すことによって、安定しているものです。
そしてROでは、BOTやRMTを使うことで、簡単に「他者より優れている部分」を作り出すことが
できます。逆に言えば、そういう手段を使わなければ、彼らはRO内で自分の居場所を見つける
ことができないのです。彼らの自負心は元々が歪んでいて、実の正当性は皆無と言えます。

神器を作れば、作ったギルド名がサーバー全土に流れます。それは彼らにとって、自分たちが
サーバーのTOPであることの大きな証明となり、かつ、自負心を強化する要素ともなります。
彼らにとって数少ない、正当性ある誇りを得ることのできるチャンスでした。
しかし今回は、普段から見下している他者に、出し抜かれる形で遂行されました。
彼らの受けた衝撃と羨望は如何ばかりのものだったでしょうか。
だからこそ、この拠り所を脅かす「他者による神器作成」に、過剰反応しているのだと思います。

こうして見ていくと・・・彼らが如何に、自分自身の万能感(歪んだ自負心)を保つために、他者を
見下し、他者を犠牲にし、滑稽なほどに自己主張しているのかが、よく分かります。
その姿は一種の道化であり、また別の見方では、安住の地を求めて彷徨う旅人でもあります。

彼らが自分の姿に気付くことはあるでしょうか・・・いえ、それは多分ないでしょう。

今の彼らのアイデンティティは、不正と他者の犠牲の上に成り立っています。
そして、それ無しでは心の安定を保てません。これが無くなれば、彼らは、自分が矮小である
ことを直視せざるを得なくなります・・・彼らは気付かないのではなく、気付きたくないのです。
気付いてしまえば、そこに見えるのは絶望的な自己不信の深淵。

ただ、彼らはいつかこれに直面し、狂おしく絶望することになるでしょう。
今すぐか、社会に出てからか、あるいは死の間際かは、神のみぞ知るところではありますが。
それでもこれは、仮想世界でも、不正に手を染めて他者に犠牲を強いてきた者が受け取るべき
正当なる因果応報だと、私は思います。

彼らはあの告知を見て、再び道化役として、Verdandiサーバーで「活躍」することでしょう。
実際、彼らの姿が頻繁に見かけられるようになってきました。
しかし、彼らが活躍すればするほど、自分たちの滑稽さが強調されて、普段から見下している
他者に見下され続けるはずです。不正者に対して表立って軽蔑を見せる某大手Gvギルドは、
(その点だけではありますが)彼らに、本当の自分自身を見せつけている、貴重な存在である
とも言えます。故にそのGvギルドは、常に不正者からの敵意に晒されているようです。
彼らが如何にそのギルドを疎ましく思っているか・・・想像に難くありません。
(もっとも、彼のGvギルドは自分から敵意を求めているフシもありますが・・・)

個人Blogの些細な記事ではありましたが、不正容認ギルドの心性がストレートに透けて見えた
興味深い内容でした。
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by lana_ro | 2006-06-28 20:48 | RO(想記)  

愛が足りないゆえに

いささか微妙な話題ですが、以下に続く記事は・・・
Blog主は、この話題をこんな風に捉えているのだという視点で読んで頂きたいと思います。

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敢えて書くようなことではないのですが・・・私もまた、通称「隔離板」と呼ばれる匿名掲示板や、
Verdandiサーバー関連の曰く付きなSSがアップされる「あぷろだ」を、見ることがあります。
見るに堪えない書き込みや根拠無く人を貶すようなコメントなど、読んでいて決して気分の良い
場所ではないのですが、そういった一連のやり取りは、私にとって、人間の取りうる振る舞いに
ついて、色々と考える良いきっかけとなっています。

よく、この手の掲示板では、ある書き込みに対して、怒りを「煽る」コメントが付くことがあります。
これについて、ちょっと思うところがあったので、書いてみることにしました。

「煽り」という行動自体、他人から何がしかの反応を誘い出すための行為であると言えます。
誘い出す・・・要するに相手からの反応を期待するという点で、コミュニケーションを取るための
アプローチであるとも言えます。そして、これは「他人が必要だ(頼りたい)」という気持ちの現れ
であり、いわば「甘え」でもあります・・・すなわち、煽る人とは、甘えたい人なのです。

隔離やアプロダで煽り合ってる人々は、欲しいと思っていた反応が返ってきているため、そこを
離れられません。つまるところ、甘えられる人(レス返してくれる人)に依存しているのです。

彼らは愛(憎しみ)を求めて、不器用にコミュニケーションを交わしています。
そして、負の現れ方と言えども、愛(つまり憎しみ)が差し出され、これを受け取った人もまた、
その人なりの不器用な方法で愛を返す。
ケンカしている当人たちの仲が良さそうに見えるのも、結局はそういうことです。
隔離やアプロダの一部の書き込みを、憎しみ合う人たちの泥沼な煽り合いと見るのではなく、
甘えたい人たちの切なる叫びと見てみたら、どうでしょうか?

そんな視点で眺めてみれば、煽りに対して怒りを返すという無意識的なリアクションを、冷静に
押しとどめて、別のアプローチを取ることができるようになるはずです。
それは、相手の真意を代弁することであったり、具体的な解決策だけを語ることであったり、
あるいは単に諭すことであったり。
不器用なアプローチだけでなく別のアプローチがあることを、こちらから提示するのです。
もちろん、反応を返さないというのも1つのアプローチですが。

ただし、アプロダはともかく・・・隔離板は、煽り合いこそがあの場所の「空気」でしょうから、別の
アプローチを提示しても「空気嫁」などと返されるのが関の山かもしれません。
隔離板は、「論」が飛び交うのではなく「情」が飛び交う場所と、捉えるべきなのでしょう。

しかし、アプロダについては、検証や証明が必要となる性質を帯びていますから、あの場所を
隔離板と同じように「情」の飛び交う場とすべきではないように思います。
そういう点では、トリップなどのルールを設定する流れに関して、私は賛同の意を示します。
そして、隔離板と同じスタイルで「情」をぶつけてくる相手に対しては、「論」を提示せよ、という
言葉が出てくるような「空気」を醸成すべきでしょう。
それは、アプロダを機能させたい人々が、それぞれ努力すべきことでもあります。

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最後はちょっと話題がずれてしまいましたが・・・
汚い言葉の飛び交う隔離板も、睦まじい言葉の囁かれるベッドの上も、同じようなものです。
聖すなわち俗、俗すなわち聖。

隔離板というベッドの上で愛を交わし合っている、なんて想像してみると、煽り煽られの構図は
また違った様相に見えてきたり・・・しませんか?
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by lana_ro | 2006-06-11 19:58 | RO(想記)  

パーティ戦・雑考

最近、レベルには変動無し。
流石に92ともなれば、上がるペースが随分遅くなっています。モチベーションが無くなったわけ
ではなく、EXPテーブルの遠さに少し疲れてきたというところでしょうか。
それでも、積極的に別キャラを育てようという気分でもなかったり。育て始めると一気にそちらへ
モチベーションが流れていくのが見えているから、というのもありますが(苦笑)。

さて、今回もパーティ戦に関する(雑な)考察です。
詳細は以下のリンクからどうぞ。

詳細はこちらから
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by lana_ro | 2006-05-22 23:45 | RO(想記)  

内なる子供は泣き続ける

時計地下4Fで狩りをしてプロンテラに帰ってくると、何やら周囲が騒がしく動いていました。
何かあったのかと思って露店街へ出ると、商人・BS・ケミが死屍累々・・・いわゆる枝テロです。
メインストリートへ出たときに偶然、主犯を見たのですが、某所で有名なオーラHiWizでした。
テロそのものはあらかた鎮圧されていて、被害が広がらないように、何人かのプレイヤーが
主犯のHiWizを追跡していたようです。

とりあえずギルドメンバーのいる溜まり場へ行って会話をしていると、そのHiWizは死に戻りで
首都の復帰地点に戻ってきました(溜まり場が復帰地点に近いのです)。
会話内容はテロ主犯のHiWiz関連だったので、おそらくその会話ログが見えたのでしょう。
こちらに近寄ってきて挑発のセリフを吐き、馬牌を使って去っていきました。
しかし、私は不思議と怒りは湧いてきませんでした。
むしろ、枝テロで多くの人の関心を惹き、挑発することで(マイナスの方向に)注目を集めようと
必死になっている彼の心中が伝わってきて、いささか悲しくなってきたほどです。

建設的な方法で自分の居場所を作れず、かと言って独立自尊できるほど強くはないために、
強引な手段で他者の関心を惹いて、他者に(マイナスの方向でも)認められた自分を感じて
いなければ、自分自身を保てない・・・ただただ、哀れでなりません。
優越感漂う挑発のセリフですら、絶え間ない自己不信と自責を誤魔化すための自己暗示。
本当の自分が抱える脆さを隠蔽し、偽の強さを作り上げて自分自身と「敢えて」錯覚する。
彼のキャラクターもまた、その「偽の強さ」の一構成要素です。だから、その「偽の強さ」を否定
されれば、必死になって抗弁するか、否定そのものを無視しようとするはずです。
彼らの背後に、座り込んで泣いている子供の姿を見透かせるのは、気のせいでしょうか?

だからと言って構い続けるのは甘やかしに他なりません。
私たちの方は、無駄な消耗を避けるためにも、その行動が無意味なことを認識させるためにも、
やはり無視するのが一番だと、私は思います。
具体的に言うならば、挑発には応じず枝テロもMobを排除するだけにして、忠告や注意などの
「相手への」リアクションを、可能な限り取らないようにするべきでしょう。ついつい反応しがちに
なりますが、彼らにとっては、無視されることが一番堪えるのですから。

間隔の長短はあれど、これ以後も同じようなことはまた、起こり続けるでしょう。
いちいち反応していたら身が保ちませんし、彼らも「これが効果的なんだ」と認識して、他者に
犠牲を要求し続けることになります。彼らのためにも、自分自身のためにも、愛ゆえに無視する
ことを、私たちは選んでいくべきではないかと思います。
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by lana_ro | 2006-05-08 02:43 | RO(想記)  

価値→意義ではなく、意義→価値

キャラクターやスキルの談義を聞いていると、色々と考えが浮かんでくるものです。
その中で、最近感じたことを。

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当たり前と言えば当たり前の話ですが、スキルにはそれぞれ特徴があります。

それゆえに向き不向きがあって、効果的な状況とそうでない状況というのは、どうしても存在
してしまいます。キリエやセイフティウォールはその代表的な例と言えるでしょう。
もっとマイナーな例を挙げるならば、シグナムクルシスやスローポイズンなどなど・・・。
それでもなお修得して使いこなそうと考えていくことは、そのキャラの個性であり、プレイヤーの
個性でもあります。従ってそのスキルは、キャラのアイデンティティを構成する1つの要素とも
言えます。特定のスキルに頼って戦うキャラなどは顕著ですね。

しかし、スキル(キャラ)の不得手な面を指摘したからといって、そのスキル(キャラ)を否定して
いるわけではありません。ROは、万能を出来る限り排するゲームシステム・バランスを取って
いるため、不得手な面はどうしても生まれます。
不得手な面を指摘することは、事実の認識・理解であって、存在意義の否定ではありません。
確かに、特定の状況における「価値」は否定されているかもしれませんが、その存在そのものを
否定しているわけではないのです。

スキル(キャラ)を否定されたように感じる時は、それが価値判断によるものか、特質認識による
ものかを見極めるべきです。あるいは、自分が価値判断を下していないかどうかを省みるべき。
そうやって初めて、冷静に話を続けることができるように思います。
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by lana_ro | 2006-05-06 16:43 | RO(想記)  

Negative Maelstorm

私がGv・Pvに関わらないと決めている、その大きな理由を書いてみようと思います。
長いので、雑然と書いている部分はMoreの先にあります。読みたい方はそちらからどうぞ。

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Gv・Pvには、競争と敵対という二つの面があるように思います。
お互いを認め合うために戦うか、お互いを否定するために戦うか。
「競争としてのGv」と「敵意のぶつけ合いとしてのGv」と言っていいかもしれません。
これらは、しっかり考えないと違いが分かりにくいという特徴から、混同する人が多いでしょう。

だからそんな人たちが、競争としてのGvを自覚的に遊んでいる人たちを、敵意のぶつけ合い
としてのGvに引きずり込んでしまい、匿名掲示板を巻き込んだ泥仕合にしてしてしまう・・・。
そして敵意のぶつけ合いは、徒に気力を消耗させるだけ。

だから私は・・・
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by lana_ro | 2006-05-03 15:18 | RO(想記)